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2025/12/15

ニュース砂漠の現状 - 5,000万人が取り残される米国のローカルジャーナリズム危機

#ニュース砂漠#研究#ジャーナリズム

このコーナーでは、ジャーナリズムの文脈での生成AIやXRについての最新の話題、ジャーナリズムそのものの最新トピックなどを不定期に紹介していきたいと思っています。まず最初は創業のきっかけとして何度も触れている米国のニュース砂漠の現状についてです。

ノースウエスタン大学メディル校のローカルニュース・イニシアティブが今年10月に発表した「ローカルニュースの現状2025」(https://localnewsinitiative.northwestern.edu/projects/state-of-local-news/2025/report/) という報告書は、米国のローカルジャーナリズムの危機的状況を数字で示しました。報告書によれば、約5,000万人のアメリカ人が、ローカルニュースへのアクセスが制限されているか、全く得られない状況に置かれているといいます。

「ニュース砂漠」とは、地域のニュースメディアが存在しないか、極めて限られた郡のことを指します。2025年の報告では、ニュース砂漠に該当する郡は213に達し、前年の206から増加しました。さらに深刻なのは、1,524の郡では唯一のニュースソースしか残されていないという事実です。これらを合わせると、全米の約6分の1にあたる人々が、自分たちの地域で何が起きているのかを知る手段を失いつつあるといえます。

ニュース砂漠の特徴は明確です。それらは平均的に、より貧しく、経済規模が小さく、教育水準が低い郡とされます。そして2025年には、ニュース砂漠のほぼ80%が米国農務省の分類で「主に農村部」とされる地域でした。

新聞の廃刊ペースは加速しています。この1年間で136紙が廃刊となり、週に2紙以上が消えている計算です。注目すべきは、今年の廃刊の大半が大手チェーンではなく、小規模な独立系新聞だったという点です。過去20年間の推移を見れば、事態の深刻さはさらに明らかになります。2005年以降、米国の新聞の発行部数は推定8,000万部減少し、これは70%の減少率に相当します。デジタル版への移行も救いにはなっていません。主要100紙のウェブサイトへのトラフィックは過去4年間で45%以上も急落。読者は新聞から離れ、新聞は地域から消え去っているようにみえます。

一方で、過去5年間に300以上のローカルニュース・スタートアップが全米のほぼすべての州で立ち上がったという事実は、希望の光かもしれません。慈善団体からの支援の波とともに、起業家精神の高まりが見られます。しかし、ここにも格差があります。これらのスタートアップの大半は都市部に集中しており、農村部や経済的に恵まれない地域はさらに取り残されています。デジタルイノベーションの恩恵を受けられるのは、すでにリソースを持つ都市部だけということでしょうか。ローカルニュースが最も必要とされる場所には、新しいメディアは生まれていないわけです。

ローカルニュースの衰退は、単なるメディア産業の問題ではありません。地域のニュースメディアが消えた場所では、地方政府の透明性が低下し、汚職が増加し、住民の政治参加が減少するという研究結果が10年以上前からいくつも報告されてきました。

2024年大統領選挙の分析は、さらに興味深い事実を明らかにしました。ニュース砂漠の郡の91%がトランプに投票し、その得票差は平均54ポイントに達していました。全国的な得票差がわずか1.5%未満だったことを考えれば、この偏りは際立っています。ただ、ニュース砂漠は、農村部で教育水準が低く経済的に厳しい地域に集中していますから、これらは元々、トランプ支持層の特徴と重なります。そうした背景から、研究者は因果関係の解釈には慎重ですが、これらの地域の住民こそが、ニュース砂漠がもたらす政治腐敗の増加、税金の上昇、誤情報の拡散、社会的結束の喪失という「被害」を最も受けている人々でもあることは確かです。

ニュース砂漠の住民は、メディアの監視がないことで劣化した地元の行政サービスへの不満を無意識に募らせ、その怒りが国政選挙に向かう、という説もあります。ともあれ、情報へのアクセスという基本的権利が、経済力と居住地によって左右される社会が、すでに米国では現実のものとなっているのは明らかなようです。

日本でも地方紙の経営は厳しさを増しています。この研究結果から察するに、日本でもすでに事実上のニュース砂漠が生まれ始めているのかもしれません。というのも、中央政治やナショナルマターへの関心は極めて高い一方で、自分の住む自治体の予算や首長の政策にはほとんど関心が向かない人々が増えているような気がするからです。もちろん中央政治に関心を持つことも大切ですが、地域メディアの衰退と地域への無関心は、相互に強化し合う悪循環を生んでいるように見えます。

5,000万人が地域の情報から切り離された米国の姿は、決して遠い国の出来事ではありません。ローカルジャーナリズムは民主主義のインフラであり、決して失ってはならないものです。本当の砂漠化と同じように、ニュース砂漠も、一度生まれたら元に戻すことは極めて困難です。だからこそ、日本の地方紙にとってまさに今が踏ん張りどころだと考えています。


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