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2025/12/22

XRグラスの普及で報道はどう変わる?

#XRグラス#報道倫理#ジャーナリズム#プライバシー#ウェアラブル技術

ハーバード大学の学生2人が2024年10月、メタ社の「レイバン・メタ」スマートグラスと顔認識AIを組み合わせ、すれ違った人の名前や住所を即座に特定する実験に成功したというニュースがありました。撮影中を示すLEDランプは小さく、周囲が気づくことはほとんどありませんでした。いつか誰かが作るのではないかと予想はしていましたが、当時新聞社にいた私にとって取材現場の風景が一変する予兆として受け止めるべき重要なニュースでした。

XRグラスと呼ばれるこの新しいデバイスは、メタ・クエスト3やアップルのビジョン・プロのような没入型のVR/MRヘッドセットとは異なります。後者が「屋内用コンピュータ」としてPCやテレビの代わりになることを目指すのに対し、XRグラスは現実を見ながら情報を重ねる「屋外用ウェアラブル」です。将来的にはスマートフォンの代わりになると期待されています。現状では、日本で人気のXREALのようなディスプレイ型(通勤中に動画を見る「持ち運べる大画面」)、画面を持たずカメラとAIで見たものを検索・翻訳するAI音声型(レイバン・メタ)、そしてその両方の機能を持つ真のARグラス(メタ・オライオン等)の3つのカテゴリに分かれます。

真のARグラスこそがスマホを置き換える本命ですが、バッテリー、発熱、デザインの課題が多く、一般普及は2027年から2030年になるとされています。現在は「ブラックベリーの時代」にすぎません。つまり、一部の層が便利に使っている段階で、「次のiPhoneモーメント」はまだ訪れていません。それでも技術の進化は速いものです。数年後には、記者が手ぶらで街を歩きながら、視界の中に取材メモが浮かび、インタビュー相手の過去の発言がリアルタイムで表示され、AIが矛盾点を即座に指摘する、そんな取材スタイルが当たり前になるかもしれません。

コンテンツの消費のされ方も変わるでしょう。読者が事件現場や歴史的な場所を訪れると、グラスが位置情報を認識し、当時のニュース映像や解説記事を現実の風景に重ねて表示します。長文の記事よりも、歩きながら視界の端に表示される「3行の要約」や、耳元でささやかれる「音声ニュース」が主流になります。ロケーションベースの報道、体験型のジャーナリズムが、新聞の新しい形として定着していくに違いありません。

一方で、報道倫理とプライバシーの危機も深刻化しています。スマホやボイスレコーダーを相手に向けることなく、自然な会話の中で録音・撮影ができるということは、「オフレコ」の境界線が曖昧になるということです。取材における同意なき撮影が常態化し、取材源の秘匿が技術的に難しくなります。あるいは、一般市民が記者を逆探知するリスクも生まれます。ハーバードの学生の実験は、この技術が誰の手にも渡り得ることを証明しました。記者だけが特権的に使える道具ではないのです。

新しい技術は常に、使い方次第で光にも闇にもなります。XRグラスは記者に強力な武器を与えると同時に、市民に同じ武器を配ります。どこまでが許容される撮影・録音かという倫理ガイドラインの再定義は、普及が本格化する前に済ませておくべきでしょう。さもなければ、ジャーナリズムは新しい技術に振り回され、信頼を失うだけで終わるかもしれません。

参考 Two Students Created Face Recognition Glasses. It Wasn’t Hard. -NewYork Times https://www.nytimes.com/2024/10/24/technology/facial-recognition-glasses-privacy-harvard.html

Are face-scanning smart glasses a problem or prophecy? -Japan Times https://www.japantimes.co.jp/business/2024/11/12/tech/face-scanning-smart-glasses/


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